※インターネットの性質上、縦書きだった構成を
横書きに置き換えております。ご了承ください。
講道館柔道への爆弾宣言
第3回世界選手権大会決勝(ヘーシンク(左)と曾根六段)
ヘーシンク、日本柔道を破った
が、栄光のかげに、ある日
本人教師のよき指導があった
ヘーシンクと筆者
道上 伯
<筆者略歴>大正元年生まれ。昭和十二年京都
武道専門学校卒。同年旧制高知高校助教授、昭
和十五年東亜同文書院大学予科教授として赴任、
かたわら上海で外国人にも個人的に指導す。戦
後、郷里四国にあって陰棲していたが、昭和二
十八年もとめに応じてフランスに渡り、現在ボ
ルドー市に道上道場をもち、あわせてオランダ
柔道協会の最高技術顧問として、ヘーシンク六
段らを指導す。柔道七段
危いかな、日本の柔道
 
 いよいよ東京オリンピックも、明年の十月
に開かれる。あと六百日、などと呑気なこと
をいってはいられないところまで迫ってきた
が、祖国日本の柔道はどんな研究精進をし、
進歩発展をとげていることだろうか?
 今日において、いまだに”無敵”の幻想を
抱いているはずはないと思うのだが、一昨年
のパリで開かれた第三回世界選手権のすんだ
直後の日本の柔道界の狼狽は、異国にあるも
のの眼にはまことにひどいものに映ったもの
だ。
 泰平の眠りをさます蒸気船にあらぬ、一人
のオランダ人に振りまわされて、その為すと
ころを知らぬ慌てぶりは、はるかオランダに
いた私にも容易に想像ができた。
 しかも伝えられてきたその首脳部の言たる
や、開いた口のふさがらぬ驚きを私に与えた
のだった。
 曰く「寝技の研究が足らなかった」
 曰く「力が技を上まわった」
 まことに何とも汗顔のいたり。日本ではそ
れで通用しても、外国では通用しがたい言葉
なのである。力も技の一部ではないだろう

か。なるほど、力が技術の全部でないことは
万人の認めるところだが、柔道技術を最も有
効に働かすには、やっぱり力がなければなら
ないことも、柔道人のひとしく認めていると
ころだ。
 技術(幾何学的、力学的)を活かすには、
精神力と体力(体重に非ず、筋肉の強靭さ、
弾力、スピードが加味されたもの)が絶対必
要条件だ。
私がコーチしているヘーシンク

(世界選手権保持者)の平常の鍛錬も、技術
はもちろんのこと、その体力をいかんなく
術面活かす工夫、つまり技術を百パーセ
ト活かすためにはどこの筋肉の強い働きが
要であるかを研究して、つづけられてきた。
 その彼が、選手権を獲得したことは偶然で
はなく、まったく当然すぎるほど当然のこと
で、力が技を上まわったなどという評は、私
をして言わしむれば、群盲象を撫でるにひと
しい、というほかはない。
 柔道を知らないものの評であれば、またそ
れはそれでよい。しかし、専門家の、それも
祖国柔道界の首脳部といわれる人々が、もし
かかる妄言をもって惨敗を糊塗し、責任を回
避しようとしているとすれば、柔道人の末席
をけがしている一人として見逃すわけにはゆ
かないのである。
 ここに心からお願いしたいことがある。
 一つは、伝統の名のもとに封建的組織制度
のうえにあぐらをかき、その実力を過信して
研究をおこたり、伝統ある日本柔道を初めて
敗北せしめた責任を、首脳部はいさぎよくと
ってほしいということ。
 その二は、今年こそ組織制度を刷新し、首
脳部人事を改編し、外様的立場におかれてい
る有能の士を迎えて、柔道界をたて直してい
ただきたいということ。
 この二つ、である。
 これなくしては、来るべき東京オリンピッ
クの勝利もおぼつかないのではないか。
危い
かな、日本の柔道、である。もしオリンピッ
クにおいて同胞の眼の前で一敗地に塗れるこ
とがあれば、柔道は、もはや日本のものでな
くなってしまうだろう。